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人工知能の発達に伴い、医療用人工知能の医療現場への導入も本格的に検討されるようになりました。その際に課題になるのが、医療現場における技術の受容度です。新しい技術に好意的な人もいれば否定的な人もおり、それによって導入への障壁の高さが変わります。革新的な医療用人工知能の研究開発を進める上で、導入される医療現場の受容度を測り受容を促進する試みは重要なものとなります。
急速に発達した人工知能関連技術と、医療現場における医療用人工知能に対する期待には多かれ少なかれ乖離があります。例えば、医師の仕事の殆どを任せられることによって「仕事が楽になる」と考える人もいれば、それによって「仕事を失う」と考える人もおり、同じ認識であってもそれに対する期待値はバラバラです。
ところが、その認識そのものが現実から乖離していることが少なくありません。医療用人工知能によって医師の仕事が完全になくなることはありませんし、病院や特定の医科に所属する医師が完全に代替されることもありません。それでは、医療用人工知能が使えないのかと言うとそれも違います。適切に医療用人工知能を活用することで医師の業務量は減り、診断や治療の精度も上がるでしょう。こうした認識の乖離は「人工知能」という技術の潜在的な可能性や応用範囲の広さによって生まれやすく、医師も例外ではありません。
こうした認識の乖離はどんなケースでも技術受容に良い影響を与えません。過度な期待は導入後の失望に繋がり、過小な期待は導入そのものの障壁になります。導入されなければ新しい技術は広がらず、導入しても期待に応えられなければその発展が難しくなります。医療の発展には、医療用人工知能の正しい認識から生まれる技術受容が不可欠といえます。
私達のプロジェクトではこうした課題を解決するため、医療現場における医療用人工知能の技術受容の調査と認識の適正化を進めるための研究を行っています。
2017年度の調査では、症状から疑われる疾患を複数提案する診断支援システムを試験的に導入した医師とまだ導入していない医師からヒアリングを行い、ミクロな視点から課題の抽出を行いました。結果、診断支援システムを導入した医師はシステムを性能的には信頼していたものの積極的に活用せず、その理由として「システムが独立していて使いにくかったこと」と「診断困難な事例が少なく使うタイミングがなかったこと」を挙げました。一方で、導入していない医師は診断支援システムによって見落としやすい疾患や明らかに除外すべき疾患を識別することは有用だとし、医療用人工知能に対する強い期待が伺えました。
今回の診断支援システムは診断困難な事例に活用するのみならず、医師の持つバイアスの除去によって医師の診断精度を挙げる目的も含まれています。そのため、普段の診断の中で積極的に活用するべきものであり、電子カルテ等の医療システムから独立したシステムとして提供することは導入における大きな障壁となり得ることが分かりました。十分な性能があったとしても医師のルーティンを変えてしまうようなものであっては使われません。医師の普段の活動にどのように組み込んでいくかを考え、どのような目的で使うべきかを現場の医師と十分に共有することがスムーズな導入には不可欠となります。
また、導入における人工知能の活用における課題を解決するだけでは技術受容は進みません。2018年度の調査では、技術受容影響を与える要因についての検討を行うためにヒアリングを行っていきます。
私達は医療現場の方々が「医療用人工知能の研究開発に直接関わりその上で情報を得ること」が、技術受容において重要になるのではないかと考えています。
医療用人工知能は未だ発展途上の技術であり、医師を含め多くの医療現場の方々が「話だけは聞いている」という状態の技術です。そして、その「話」は人工知能の将来的な可能性や汎用性といったジェネラルな話題であることが多く、さらに医療用人工知能の開発方法までは至らないため、現実とは乖離したものであることが少なくありません。
そこで我々は、医療現場の方々が実際に医療用人工知能を利用し、研究開発に関わり、より深く医療用人工知能を理解する機会を作ることを考えています。そうすることで、医療用人工知能がどのように作られ、どうやって医療現場が変わるのかを正しく理解できるようになります。医療用人工知能に関する正しい認識を持つことができれば、認識と現実の乖離は生まれず、医療用人工知能に関する期待値の適正化を図ることが可能となります。
そして、医療用人工知能が真に医療現場に新しい価値をもたらすものであるならば、医師や医療現場の技術受容は進み、医療用人工知能の開発と導入が促進されるのではないかと考えています。とはいえ、これはまだ仮説に過ぎません。今後、皆様のご協力を得ながら仮説の調査と検証を進めていくつもりです。