医療用人工知能の技術革新と国際競争力向上に資する制度設計に関する研究

  • 1 現行制度成立の背景
    • 1-1 薬事法の歴史
    • 1-2 医療用ソフトウェアの一般化
    • 1-3 国際ハーモナイゼーションに向けた日本の動き
  • 2 現行制度の概要
    • 2-1 医療機器プログラムの定義
    • 2-2 医療機器プログラムの分類
    • 2-3 ガイドラインに基づく規則
    • 2-4 承認申請の手順
  • 3 医療用人工知能の特性と法規制における課題
    • 3-1 医療用ソフトウェアの特性
    • 3-2 医療用人工知能の特性
    • 3-3 低リスクソフトウェアと規制
    • 3-4 医療用人工知能制作の制作過程
  • 4 医療用ソフトウェアと海外展開
    • 4-1 日本の医療用ソフトウェアの現状
    • 4-2 米国における医療用ソフトウェアと規制
    • 4-3 中国における医療用ソフトウェアと規制
    • 4-4 他アジア諸国における医療用ソフトウェアと規制
  • 5 安全性確保と技術革新の両立に向けて
    • 5-1 医療用人工知能と関連データのオープン化
    • 5-2 医療用人工知能の薬事審査
    • 5-3 医療用人工知能のリスク管理と損害保険
    • 5-4 医療用人工知能の研究開発と発展途上国
  • 6 まとめ
    • 6-1 医療用ソフトウェア・人工知能の法規制上のメリット
    • 6-2 医療用ソフトウェア・人工知能の法規制上のデメリット
    • 6-3 法規制と技術革新
    • 6-4 医療用人工知能政策の政策転換に向けて

 医療用ソフトウェアは、従来の薬事法が対象としてきた物理的なデバイスである医療用機器とは性質が大きく異なります。物理的なデバイスは研究開発に多大なコストと時間を要することが多く、技術進歩のペースにも自ずから制約があり、その物理的特性を対象とした審査を行うことが可能です。

 さらに、こうした医療機器においてはレギュラトリーサイエンスにおける研究の蓄積がある一方で、ソフトウェアの場合は研究開発に多大なコストを要する巨大なソフトウェアだけでなく、スマートフォン向けソフトウェアのように、ごく小さなソフトウェアであっても社会的に意義を持つ可能性があります。

 また、ソフトウェア工学の発展により、アジャイル開発や継続的デリバリ等、情報システムの研究開発を低コストに実現する手法が一般化しつつあります。新たに登場したこうした手法は、医療デバイスの薬事規制が前提してきた「研究開発」と「市販化」という区分を廃すことにより、システム品質の継続的な向上を低コストに実現しています。

 その結果、小規模の研究開発チームでも有用な医療用ソフトウェアをインターネット公開しうる時代が訪れました。近年の医療用ソフトウェアに関する政策は、そうした医療用ソフトウェアの研究開発に薬事対応のコストを負わせることに加えて、法的リスクを増す結果となりました。

 日本の医療用ソフトウェアにおいては長らく技術革新が停滞している現状があり、医療用人工知能技術は、この停滞状況にある医療用ソフトウェアに技術革新をもたらす切り札となりえます。その制度設計において従前の政策を踏襲することは、医療用ソフトウェアの研究開発における我が国の国際競争力を削ぐ結果となります。今後、我が国の医療用ソフトウェア研究者が、米国、中国、欧州を対象とした研究開発競争において大幅なハンディキャップを負わされることは避けなければなりません。そこで、医療用人工知能の技術革新と国際競争力向上に向けて、研究当事者の立場から、安全性の確保と技術革新を両立する施策のあり方について検討しました。