医療用ソフトウェアは、従来の薬事法が対象としてきた物理的なデバイスである医療用機器とは性質が大きく異なります。物理的なデバイスは研究開発に多大なコストと時間を要することが多く、技術進歩のペースにも自ずから制約があり、その物理的特性を対象とした審査を行うことが可能です。
さらに、こうした医療機器においてはレギュラトリーサイエンスにおける研究の蓄積がある一方で、ソフトウェアの場合は研究開発に多大なコストを要する巨大なソフトウェアだけでなく、スマートフォン向けソフトウェアのように、ごく小さなソフトウェアであっても社会的に意義を持つ可能性があります。
また、ソフトウェア工学の発展により、アジャイル開発や継続的デリバリ等、情報システムの研究開発を低コストに実現する手法が一般化しつつあります。新たに登場したこうした手法は、医療デバイスの薬事規制が前提してきた「研究開発」と「市販化」という区分を廃すことにより、システム品質の継続的な向上を低コストに実現しています。
その結果、小規模の研究開発チームでも有用な医療用ソフトウェアをインターネット公開しうる時代が訪れました。近年の医療用ソフトウェアに関する政策は、そうした医療用ソフトウェアの研究開発に薬事対応のコストを負わせることに加えて、法的リスクを増す結果となりました。
日本の医療用ソフトウェアにおいては長らく技術革新が停滞している現状があり、医療用人工知能技術は、この停滞状況にある医療用ソフトウェアに技術革新をもたらす切り札となりえます。その制度設計において従前の政策を踏襲することは、医療用ソフトウェアの研究開発における我が国の国際競争力を削ぐ結果となります。今後、我が国の医療用ソフトウェア研究者が、米国、中国、欧州を対象とした研究開発競争において大幅なハンディキャップを負わされることは避けなければなりません。そこで、医療用人工知能の技術革新と国際競争力向上に向けて、研究当事者の立場から、安全性の確保と技術革新を両立する施策のあり方について検討しました。