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医療用人工知能の研究は人工知能の基礎的な研究と密接な関わりを持ち、互いに影響を与えながら発展してきました。人工知能研究に大きなインパクトを与えたチャットボット「ELIZA」はカウンセラーを模したプログラムであり、IBMの「ワトソン」に繋がるエキスパートシステム隆盛の契機を作った「MYCIN」は医療用人工知能の元祖とも呼べる存在です。まず人工知能の誕生から、医療用人工知能の発展、そしてその現状と課題についてご紹介していきます。
1946 | 世界初のデジタルコンピュータであるENIACが登場 |
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1956 | ダートマス会議において「人工知能」という言葉が使われる |
1965 | 英語で会話ができる世界初のチャットボットであるELIZAが開発される |
1968 | 学習能力があると注目されていたニューラルネットワークの限界が指摘される |
1969 | 人工知能には解決不能とされる“フレーム問題”が指摘され、最初の冬が到来 |
1973 | ライトヒル勧告により、イギリスで2大学を除き人工知能研究の補助金が止められる |
1974 | 医療診断の領域で、知識表現と推論を用いたMYCINというシステムが開発される |
1982 | 超並列で論理型言語を実行する第5世代コンピュータプロジェクトが日本で開始 |
1989 | ALVINNという自動運転車が一部を除き自動運転によって大陸を横断した |
1997 | IBMのチェスプログラムDeepBlueが人間のチェスチャンピオンに勝利 |
2006 | バックプロパゲーションとオートエンコーダを利用したディープラーニングが発明 |
2016 | DeepMindの人工知能「AlphaGo」が人間のプロ囲碁棋士に勝利する |
人工知能という言葉が初めて使われたのは、後年、人工知能研究をリードする科学者達が集まるダートマス会議においてでした。1946年に最初期のコンピュータであるENIACが開発されて以来、人工知能に類するコンピュータプログラムの開発は活発化していたものの、そうした研究者たちの試みに一つの指針が与えられた大きな出来事です。その後、人間と対戦できるチェスプログラムや会話ができるチャットボットELIZAが開発され、国家予算も投じられるようになると人工知能研究は活発化します。
しかし、学習能力があるとされて注目を集めていたニューラルネットワークに限界が指摘され、十分な研究成果も上がらず、人工知能には解決できない問題があることが判明するようになると、こうした予算が打ち切られるようになりました。その結果、人工知能の冬とも呼ばれる時代が到来しますが、予算を絞られながらも研究を続けることができた研究者たちは水面下で成果を上げ始めます。実用的なアルゴリズムの開発に加え、知識表現やデータベースの活用が広がり、世界初のエキスパートシステムである医療用人工知能「MYCIN」が開発されたのです。
人工知能をビジネスに応用することができるようになることが分かると、再び予算が組まれるようになり、日本でも第5世代コンピュータプロジェクトの中で次世代の人工知能開発が進められるようになりました。初歩的なエキスパートシステムが実用化され、自動運転車は大陸の横断に成功し、チェスのプログラムが世界チャンピオンに勝つなどの成果を収めますが、5世代プロジェクトを含め期待したほどの成果を上げることができず、研究開発は尻すぼみになってしまいます。
そして21世紀に入り多層ニューラルネットワークの学習法ディープラーニングが登場し、画像認識の領域で大きな成果を上げるようになり、難しいとされていた囲碁の世界で人間に勝利したことで再び注目されるようになりました。米国や中国を初め、IT大国は大きな予算を投じて研究開発を促進しています。一方、人工知能の研究開発は隆盛と衰退を繰り返しながら発展してきた経緯があることから再び衰退期が訪れるとする予測もあり、それに備えた動きもあります。人工知能の研究開発が今後どのように進むかはわかりませんが、医療用人工知能の研究もその影響を大きく受けるでしょう。
医療用人工知能は人工知能全体の隆盛と衰退の影響を受けながら発展していきました。初期の人工知能は決められたルールに基づくルールベースのプログラムでした。1970年代初頭にはSearle Medidata社によって自動問診システムが作られ、患者から必要な情報を自動で入手するプログラムが登場します。そしてルールベースのシステムが知識表現と結びつき、ユーザーが質問に応えていくことで回答が提示される世界初のエキスパートシステム「MYCIN」が開発されるようになりました。MYCINは最低限実用に供するレベルで疾患の特定、及び投与する抗生物質と投与量を示す能力を持ち、それに触発される形でエキスパートシステムは様々な分野に応用されるようになります。
しかし、エキスパートシステムは専門レベルの知識を扱えるようになる一方で、知識を人間が入力していく必要がある上にルールをはっきりと示せないようなケースでは使えません。そこで注目されたのが情報を確率の形で扱うペイジアンネットワークと機械学習です。ペイジアンネットワークはルールベースのように、はっきりとした情報のルール化や境界線の提示が必要なく、判断が極めて曖昧なケースでも使える優れたアルゴリズムでした。機械学習は人間による手作業の教育を不要とするアプローチで、学習データを作成するだけで機械側が正しいパラメータを学習していきます。こうしたアプローチがディープラーニングへと繋がっていき、画像診断システムの開発など、医療用人工知能の開発に大きな影響を与えることとなりました。 医療用人工知能における研究開発の現状
医療用人工知能は常に高い需要を持ち、産業化による利益も大きいことから投資も盛んです。特に、医療のIT化が進んだことで医師が扱うデータが増えた一方で処理能力が追いついておらず、こうした領域に人工知能を投入することで医療従事者の負担を軽減することが可能と考えられています。ディープラーニングを利用した画像認識システムの精度は特定の疾患においては人間の精度を超えており、性能面だけで言えば実用レベルに達しています。
さらに医療用人工知能の応用領域は幅広く、画像診断のみならず、入力された症状からの診断支援や手術などの治療を助ける情報処理や手術ロボットなどにも活用されています。また、患者が普段から利用するスマートフォンやIoT機器と組み合わせた疾患の予防や生活のサポート、院内システムと組み合わせることで各種業務のサポートにも応用が可能です。こうした医療用人工知能は、増加する業務に対して常に人手が不足している医療現場においては大きな助けとなり得ます。
その一方で、個人情報保護の観点から国内では医療用人工知能の開発に必要なデータ提供が思うように進んでおらず、規制の緩い中国に対して大きく遅れているのが現状です。画像から特定の疾患を識別する人工知能を開発するのに1万枚の画像が必要だったとしても、それを集めるためには病院や大学等のデータを有する団体と個別に契約を結ぶ必要があります。こうしたプロセスが効率化されておらず、時間と労力がかかり医療用人工知能の開発が遅れる一因となっています。
また、データを集め、協力者を確保し、医療用人工知能の研究が進んだとしても医療用ソフトウェアの販売・輸出を行うためには各種規制の壁を超える必要があります。医療用人工知能の開発は国内では主に、国や大学、各種研究機関の予算で進められていますが、多様性を持った医療用人工知能の開発に繋げるためには、研究段階から応用段階へと進めるための企業の投資が必要不可欠です。ところが、規制を通して市場に投入できる目処が立たず、投資が進まないことから研究開発の出口が塞がっており、研究開発を促進する規制のあり方なども医療用人工知能における今後の課題となっています。