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奥村 貴史(北見工業大学)
先日、大学同期による恒例の忘年会にて、集合写真を撮りました。そして、出席できなかった同期のためにと、撮影者がFacebookにアップロード。これで良いか?と確認のために見せられた画面では、各顔写真にメンバーの名前が入っていました。Facebookでは、もうお馴染みの機能です(図1)。
図1. 顔認識技術の様子 (著作権フリー素材より作成)
このような人物画像を対象とした顔認識(Facial recognition)技術は、2000年代にはまだ珍しく、防犯等限られた分野でのみ利用されていました。しかし、認識精度の向上やインターネットの普及に伴い、とても身近な技術となりました。Facebookで友人の顔写真を自動的に認識するのはその一例です。デジタルカメラを購入すると、自動的に被写体の顔を認識し、フォーカスを合わせる機能が付いてきます。近頃では、病院の受付に顔認識を利用するケースもあるようです。
コンピュータは、従来、文章や画像の作成や表示が得意とされ、1990年代以降のインターネットの普及も静的なウェブページにより支えられてきました。2000年代に入り、コンピュータの性能が向上したことで、ネットにおける音楽や動画の利用も拡大して行きました。それでも、コンピュータの役割は情報の保存や閲覧に留まっていました。こうした状況が大きく変化した背景のひとつが、画像認識技術の発展です。コンピュータが静止画や動画を認識する技術が向上したことで、情報技術の活用範囲が一気に広まりました。これを、技術革新によってコンピュータが「眼」を持つに至ったと、進化になぞらえて説明する論者もいます1)。
「眼」を持ったコンピュータは、今まで実現しえなかった様々な技術を現実にしてきました。自動運転車は、コンピュータが人間の代わりに自動車を運転する技術です。公道での無人運転はまだ許されていませんが、特殊な用途ではすでに実用水準に入っており、輸送コストの削減や渋滞緩和等、文明社会の在り方そのものを変革しうる可能性を秘めています。農業においては、従来自動化が困難であった収穫業務へのロボットの活用が試みられており2)、警備業の各社は、既に巡回警備用のロボットを実用化しています3) 4)。こうした技術は介護分野にも応用されており、夜間の見回りにロボットのPepperを活用するような試みも進められているようです5)。
画像認識技術がこれだけ発達すると、医療へと応用したいと考えることも自然な成り行きです。実際、画像認識技術を胸部単純X線写真やマンモグラフィーに対して適用し、読影を支援する研究が長年試みられてきました。これは、検診によって発生する多量の画像を限られた医師で効率的に診断していくうえで、有意義な試みと考えられます。同様に、病院において撮影されるCTやMRI等の膨大な医療画像を対象として、肺癌や脳動脈瘤を指摘するような試みもなされてきました。このように、医療における人工知能というと、まずは画像診断が思い浮かぶかも知れません。実際、現在の人工知能技術の飛躍的な発展は、画像認識技術により牽引されてきました。そうした人工知能の応用先として、画像診断への期待は高いといえます。
実は、人工知能技術の診断への応用は、これら画像診断が一般化する遥か以前から行われてきました。Logoscope6)は、1950年代にイギリスのFirmin Nashが開発した診断支援ツールです(図1)。このツールには、主要な症状に対応した細い短冊が収められています。各短冊には、その症状を呈しうる疾患の位置に黒線が刻まれています。診断に際しては、患者の呈する症状に対応する短冊を選びだし、土台に並べます。すると、ところどころに黒線が並ぶので、土台に付属する移動式の拡大鏡を動かして黒線が揃った箇所を探し当てると、その隣に記された診断名が目に入るという寸法です。
図1. NashのLogoscope (筆者所蔵)
この仕組みは、Diagnostic slide rule(診断尺)とも呼ばれ、「症状」を入力し「診断名」が出力されるという点において、医療用人工知能の先駆であると考えられます。そして、20年を経て、実用的なコンピュータが一般化し、症状から診断名を推論するプログラムが開発されました。その代表的なシステムが、スタンフォード大学において開発されたMycinと呼ばれるシステムです7)。これは、医師が有する感染症に関する知識を、「Aであれば、Bが疑われる」といったルールの集合として表現し、この情報に基づいて感染症の診断推論を行うシステムでした。この試みは、その後、専門家の知識をコンピュータに代替させる「エキスパートシステム」と呼ばれるシステムの先駆となり、80年代におけるAIブームへと繋がりました。
そこからさらに30年を経た現在、医療用人工知能研究の主戦場は、画像認識技術の応用としての医療画像診断に加えて、ゲノムを対象とした生命情報科学にシフトしています。医療画像診断技術の発展は、いわゆる「ディープラーニング」技術によって画像認識の精度が飛躍的に向上したうえに、画像情報の標準化が進んでいたために応用研究が容易であったという背景がありそうです。後者もまた、技術革新に支えられゲノム情報の利用が低コストとなったことに加えて、画像認識技術のような「膨大な情報から一定のパターンを抽出する要素技術」の精度向上に支えられていると考えられます。つまるところ、認識の対象が画像かゲノムかという違いがあるだけで、これらはどちらも、技術革新により実現した「コンピュータの眼」を、医療の核である診断に応用した結果といえます。
このように、人工知能の医療応用は、診断支援という文脈で進展しつつあります。これは、プライマリ・ケアにおいても有用な技術に違いありません。しかし、プライマリ・ケアにおいて医師の接する患者の多くは、診断自体には困らないcommon diseaseとなります。したがって、プライマリ・ケアへの人工知能の応用では、このcommon diseaseへの対応に代表される「ルーチン的な業務」に対する支援に期待が持たれることになります。また、プライマリ・ケアの発展に向けては、医師を対象とした診断支援だけでなく、患者やコメディカルを対象とした活用も考えられるでしょう。そこで以下では、表1に示す分類を用いて、人工知能技術のプライマリ・ケアへの応用の可能性について、概観してみましょう。
表1. プライマリケアにおける人工知能の応用例
医師を対象 | 医師以外を対象 | |
ルーチン的な業務 |
外来における検査・処方支援 退院サマリの自動生成 |
自動問診システム お薬手帳管理 |
非ルーチン的な業務 |
診断困難時の診療支援 (狭義の診断支援システム) |
タクシー簡易救急車化 |
まず、一番に期待されるのが、医師を対象としたルーチン業務の支援です。たとえば、私達が携帯電話にてメッセージを送る場合、今までの入力履歴に基づいて文字入力を予測し、少ない操作で本文を記すことが一般的となっています。こうした「予測入力」技術をオーダリングシステムに応用すれば、患者の所見に基づいて、検査や処方を提案してくれるような仕組みが実現します。こうした仕組みは、現在、薬事法(薬機法)の観点からの難しさがありますが、人工知能による医師の外来業務支援技術として期待されます。病棟業務の支援技術としては、入院カルテの情報を元にした「退院サマリの自動生成技術」などに、大きなニーズがあるでしょう。
次に重要となるのが、数の上で医師を上回る看護師などのコメディカルや、患者を直接支援する仕組みです。たとえば、最近では、問診票の代わりに、タブレット端末を用いた「自動問診システム」が数多く開発されています。こうしたシステムの多くは、紙の問診票を電子化し、入力結果を電子カルテに効率的に流し込む仕組みを備えています。今後、スマートフォン等で急速に発達している「対話システム」に類する人工知能を活用することにより、単純な選択肢による問診票以上に効果的な問診が実現できる可能性があります。「電子お薬手帳」と組み合わせることにより、多剤処方を患者側でチェックし薬剤師に質問できるようにするような仕組みも、プライマリ・ケアにおける人工知能の有益な応用と考えられます。
医師を対象とした非ルーチン業務としては、診断困難時を対象とした診断支援が想起されます。臨床においては、大学病院であれ地方の診療所であれ、病態生理をうまく説明できない診断困難症例に遭遇し得るでしょう。そうした際、医師に対して可能な鑑別疾患を示したり、有力な診断仮説を提示したり、次に行うべき検査を提案したりする技術があれば、医師の負担を大いに軽減するものと考えられます。これは狭義の診断支援システムにあたり、多くの研究がなされてきました。
最後が、医師以外を対象とした非ルーチン業務の支援策です。たとえば、現在、軽症患者による救急車の利用により、救急外来の負担が増し、特に台数が少ない地方において救急車が占有されてしまう問題があります。そこで、タクシー乗務員を対象とした診断支援ツールを提供してはどうでしょうか。乗客に「病院に行ってほしい」と頼まれた際、症状を入力すると、どのような疾患が疑われ、どの病院に送れば良いかがわかるスマホアプリを開発し、配布するのです。スマホにはGPSが備わっているために、救急隊が利用している救急搬送先の病院データと組み合わせることで、最適な病院へのナビゲーションが実現します。メディカルコントロール医との連携機能を持たせることで、さらに有用性は増すでしょう。こうしたアプリがタクシー向けに提供されていれば、患者も安心してタクシーを利用することが可能となり、救急車の適正利用に繋がるでしょう。
このように、医療用人工知能には、医療を支えていくためのさまざまな可能性があります。しかし、実際にはあまり研究が進んでいるとはいえない状況にあります。政府の投資は、研究として価値が高い、すなわち、論文になりやすい医療用画像認識やがん治療といった分野に偏っています。医療用人工知能分野は、民間の投資意欲も旺盛な分野ですが、民間投資はビジネスとして成り立つ分野に限定されます。結果として、公益性が高くても論文になりにくかったり、収益が望めなかったりする分野は、過少投資となりがちです。救急車支援技術などは、まさにこの状況が当てはまりそうです。
また、医療用人工知能の研究開発には、医療・医学と情報技術の双方に通じた人材が不可欠ですが、我が国にはそうした人材が限られており、研究開発における障害となっています。人材という点では、研究をリードする人材だけでなく、研究用の膨大なデータを準備して下さる研究支援者の不足も深刻です。現在の人工知能研究では、コンピュータは人間が作成した膨大な「お手本データ」から知識を獲得します。研究の価値を理解し、そのデータをこつこつと作成する医療従事者なしには、医療用人工知能研究は成り立ちません。こうして研究開発した医療用人工知能を試用し、また、評価を得ていく上で、各医療機関の経営者など意思決定者への啓発も重要です。
そこで我々は、今年度より、「保健医療用人工知能の技術革新と国際競争力向上に資する人材育成に関する研究」(厚生労働科学研究費補助金研究)を開始しました。この研究により、我が国における医療用人工知能研究を進めていくうえでの課題となっている人材育成に、研究当事者として貢献することを目指しています。こうした試みにおいて、プライマリ・ケアに関わる医療従事者の関与は、技術の健全な発展に向けて欠かすことが出来ません。そこで、昨年のプライマリケア・連合学会学術大会でも、シンポジウム「プライマリ・ケアにおける人工知能の可能性」を開催させて頂きました。
医療用人工知能は、プライマリ・ケアを含め、医療・医学の発展に直結する技術です。しかし、その研究開発においては、人材不足の問題に加えて、薬事法制上の問題など、さまざまな課題が存在します。今後、本稿のような機会を通じて学会員の皆様と問題意識を共有すると共に、学会での討議を通じて、議論が深まることを期待しています。こうしてプライマリ・ケア分野ならではの成果を示していくことにより、医療全体における人工知能の健全な活用に繋がることを願っています。
出典
奥村貴史, "プライマリ・ケアと人工知能", プライマリ・ケア, 日本プライマリ・ ケア連合学会, プライマリ・ケア, Vol.3, No.1, 2018, pp.72-75.