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医療用人工知能とは、人工知能技術を医療向けに応用したものの総称です。近年の人工知能な進歩は目覚ましく、医療分野への導入も進んでいます。医療現場においては症状や診断データなどから予期される疾患を提示する診断システムや手術を補佐する手術支援ロボットが医師の負担を軽減するようになり、患者の身近ではスマホなどと組合せて疾患の兆候などを検出することができるようになっています。
さらに、医療用人工知能の可能性に気づいた先進国は大規模な投資を進め、なかでも中国は国内医療を変える切り札として国家プロジェクトに組み込み、投資を進めるようになりました。中国は医療用データの扱いに関する障害が低いこともあり、中国発の新しい医療用人工知能が日本の市場に広がってくる可能性もあります。
日本の医療を変える可能性を持つ人工知能ですが、その理解が医療関係者に正しく伝わっているとは言い切れないのが現状です。過大に評価することも、過小に評価することも、医療の発展を妨げることになるでしょう。そこで、医療用人工知能の疑問について、一つ一つ紐解いていきたいと思います。
人工知能の万能説が広がるにつれて「医師は不要になるのではないか」と考える方も増えてきました。しかし、これは間違いです。人工知能の応用範囲は確かに広いものの、医師が行っている全てのタスクを置き換えるようなレベルには達しません。百年後には特定の診療科の業務が代替される可能性はありますが、現時点の技術レベルではその心配はありません。
医療用人工知能は、あくまで既存の医療用ソフトウェアの延長線上にあるものであり、電子カルテのように医師の作業効率と精度を高めてくれるものです。診断支援システムが疾患の可能性を提示してくれるとしても、それは漢字の推測変換のようなもので、選ぶのは人間であり、正しい答えを選ぶためには提示された情報について詳しく理解していなければなりません。期待はずれかもしれませんが、可能性を提示してくれれば疾患の見落としや確認作業の手間が省けますし、提示された疾患について詳しく調べるシステムと繋げることで文献探しも大幅に楽になるでしょう。
医療用人工知能によって誤診が生じた場合、「責任は開発したメーカーが取るのか使用した医師が取るのかはっきりしない」ので使えないという意見もあります。誤診によって致命的な問題が発生する場合には使わないという選択ももちろんアリでしょう。しかし、現実には「ペースメーカー」のように誤作動によって致命的な問題が発生するような機械も導入されており、厳格な安全基準の設定と運用プロセスを確立することで使用は可能です。
ただそれ以前に医療用人工知能は患者に直接的な不利益を生じないような使い方が可能であり、すぐに誤診の責任問題と結びつけるのは早計です。例えば、診断支援システムによって医師のチェック漏れを防いだり、疾患の兆候を発見して病院に検診に行くように促したり、人間に選択肢を提供するような使い方であれば、誤診に関する責任問題は発生しません。
まず、「医療用人工知能が人間に代わるものではない」という認識を人工知能の運用者側が持っておくことは非常に重要です。人工知能が便利であるがゆえに「機械に頼りすぎることは危険ではないか」という意見もありますし、機械にすべてを任せることは確かに危険です。しかし、診断支援システムが便利だからといって人間が考えることをやめてしまえば、システムのエラーがそのまま誤診に繋がります。
例えば自動診断機能のついた心電図では、問題があると「心筋梗塞の疑い、医師の確認を要する」などと出力されますが、それを見て「心筋梗塞です」なんて診断する医師はいませんし、医学部でもそんな教え方はしないでしょう。それと同じで医師は「こんな疾患かな?」と推定しつつ確認のためにチェックし、同じであれば問題なく、違った場合には再考をするという使い方で問題はありません。少し難しい疾患でもあっても推定結果を出力してくれるようになるのが「医療用人工知能」というだけなのです。
医療用人工知能には様々なものが開発されていますが、過度に期待をしていると裏切られることも少なくありません。すると「これを使って何が変わるのか?」といった疑問を持たれる方も多いです。それは医療用人工知能の開発目的によって様々ですが、診断支援システムなら「見落としがちな疾患」の提案などが考えられ、人間にありがちなバイアスにとらわれずに参考情報を提示できることが大きなメリットの一つとなります。
参考情報を見るためだけにソフトウェアを起動するのは逆に効率が悪くなるというのであれば、電子カルテに表示される仕組みならどうでしょうか。大抵の場合で予想通りの結果が出力されることになりますが、たとえ数%でも見落として疾患が提示されることがあれば、十分に有用なシステムになるはずです。それによって現場が劇的に変わらなくとも、少しミスが減って寝る時間が増えるのであれば医療用人工知能を導入する価値はあるはずです。
便利なシステムであれば「患者に使わせれば良い」という話も聞こえてきます。確かに、今ならネットで検索するだけで素人でも自分の症状から疾患を予測することが可能です。しかし、こうしたシステムは利用者のバイアスによって大きな影響を受けます。例えば「頭が痛い」としてもどの部分がどの程度痛いのか、それは本当に頭なのか、目や耳に起因するものではないのか、疾患を確定させるためには情報を詰めていかなければなりません。
ところが、人間から適切に情報を引き出すためのコミュニケーションは人工知能には難しく、人間がやらなければならないタスクです。こうしたコミュニケーションはあらゆる診療科で必要になり、特にこれが重要になる心療内科などでは簡単なスクリーニングならともかく本格的な診断は人工知能による代替は難しいとされています。それでも発症する疾患がある程度絞り込まれていれば使えますし、病院に行くタイミングを伺うだけであれば使用上の問題はないでしょう。
医療用人工知能が話題になっている割には現場に出てこないため「本当に進出してくるのか」といった声も聞かれます。しかし、心電図などで使われている自動診断機能は一種の「診断支援システム」ですし、ある意味では既に使っているとも言えるでしょう。人工知能で何かが大きく変わるということではなく、現実にはほんの少し「お、これは面白いな」と思える程度のものかもしれません。
また、画像診断などではかなり精度の高い医療用人工知能が登場しているため、各種診断機器に組み込まれ、部位のハイライトと共に「癌の疑いあり、医師の診断を要する」といった表示がなされるツールが登場する可能性は非常に高いです。鳴り物入りで人工知能ですと言って登場するのではなく、気づいたら使っていたという形で医療現場に入ってくるかもしれません。
医療用人工知能に関しては様々な取り上げ方がなされているため、過度に期待する医師もいれば懐疑的な方もいます。どちらのケースでも現場の人間のイメージと実際に乖離が生じており、それによって医療用人工知能の開発・導入が遅れているのが現状です。現実を知るためには「ちょっと触ってみる」という小さなきっかけによって、医療用人工知能の立ち位置を知り、ギャップを埋めることが大切です。
そうしたギャップを埋めた上で「こうしたら便利に使える」という提案を現場から得ることができれば、医療用人工知能の導入は大きく進むでしょう。人工知能が期待外れだからといって「これじゃ使えない」と切り捨てるのではなく、開発者と現場で情報交換を行いつつ、より良い医療用人工知能のあり方を見つけていくことが日本の医療の発展において今後重要になります。そのためにも、私たちはテスト用のシステム提供を行っていき、現場からのフィードバックを大切にしながら、医療用人工知能の普及と周知に繋げていきたいと考えています。