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人工知能の技術の発展に伴い、医療用人工知能の開発が活発化しています。人工知能と一口に言ってもさまざまな種類があるため、医療用人工知能にも命に関わるものもあれば、単なる情報アプリに過ぎないものもあるのが現状です。こうした医療に関わるソフトウェアの一部は「医療機器」に分類され、医薬品医療機器等法による規制対象となります。しかし、多様化する医療ソフトウェアに対して薬事規制が上手く対応できておらず、国内のソフトウェア開発が抱える課題になっています。
2018年10月に国立国際医療センターが糖尿病リスクの予測ツールを公開しました。これは身長・体重・血圧・喫煙習慣等の結果を入力することで3年以内の糖尿病発症リスクを予測するものでした。ところが、厚労省に「未承認の医療機器に該当する」と注意を受けた(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181105-OYTET50009/)ため、即日公開を停止しました。指摘事項自体は「表現の修正で済むレベル」のものでしたが、これは「予測ソフト」の表現を少し変えると「診断ソフト」として医療機器扱いされ規制されてしまうということを意味しています。線引きが非常に曖昧なため、この予測ソフトは統計データを人工知能によって解析した医療用人工知能の一種であり、同様の事例が今後も数多く発生する可能性があります。
国内の医療機器に関する規制は主にハードウェアが対象とされており、単体ソフトウェアは医療機器として扱われていませんでした。こうした規制のあり方が欧米の医療ソフトウェア規制と異なっていたため、薬事規制の国際標準化を目指して医療ソフトウェアの規制が進められました。この際、規制内容について厚労省と主に業界団体との間で調整が行われたものの、人工知能を始めとする先進的なソフトウェアを開発している企業・組織からの意見集約がなされなかったため、急速に進歩し多様化する医療ソフトウェアの現状に合わない規制が作られることとなりました。
今回の糖尿病リスク予測ツールについても、以前より類似の疾患予測ツールを様々な企業・組織・病院が公開していたものの問題視される事はありませんでした。しかし、今回の厚労省の指摘の影響からか、以前より類似のツールを公開していた病院が公開を停止するなどの対応を行っています。
今回のトラブルのように、変化する医療用ソフトウェアに対する性急な規制には相応のリスクがつきまといます。それでも国際的な標準化に合わせた規制を急いだ理由の一つが医療用ソフトウェアの輸出です。国際標準に国内の薬事規制を合わせることで、国内向けに開発した医療用ソフトウェアを海外の薬事規制に合わせるための修正を行うことなく輸出できるようになります。特に市場の大きな欧米に輸出することができれば大きなチャンスになるでしょう。
ところが、ソフトウェアを厳しい規制に沿って開発するためには膨大なコストがかかります。強力な販路をもっている大企業ならともかく、新しいソフトウェアを次から次へと開発し続けるベンチャー企業には厳しいハードルとなるでしょう。それにより医療用ソフトウェアの開発を避けたり、開発に時間がかかったりするようになると、海外市場での競争で不利になる可能性があるのです。特に警戒すべきは規制の緩い中国や低リスクソフトウェアの規制に柔軟性をもたせている米国における医療用人工知能市場の拡大で、こうした市場に展開していく海外のベンチャー企業に対し、国内規制に合わせて開発を行う国内ベンチャーが出遅れる可能性が出てきます。
以上のような懸念について北見工業大学の奥村教授と香港科技大学の鎗目准教授が2016年より研究を進め、レポートを作成しております。現在はサマリ部分のみ公開しておりますので、レポート全文についてはご連絡ください。
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